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歴史 タイをもっと知って旅に役立てよう!

タイ民族の統一国家、スコータイ朝の成り立ち

中国南部に住んでいたタイ民族は、モン族やクメール人などが先住していたインドシナ半島に南下していきました。11世紀頃にタイ民族は各地に都市国家を築き、他の王朝の支配を退けました。そして、タイ民族による最初の統一国家であるスコータイ朝を形成します。13世紀後半から14世紀に活躍したラ―ムカムヘ-ン大王は、他国と友好を結んだり、中国へ使節を派遣し国交を結んだことでタイの発展に大きく関わりました。また、この頃にタイ語のアルファベットであるタイ文字が完成したとされています。

チャクリー朝によるタイの近代化

その後、アユタヤ朝やトンブリー朝を経て、現在のチャクリー朝となりました。初代王ラーマ1世は建国1782年に首都をトンブリーからバンコクへと移し、ラーマ4世は、西洋との自由貿易を推進、仏教の改革を行いました。また、ラーマ5世は立法・行政・司法の三権を握る絶対王政のシステムを確立させたり、国の教育制度の改正や奴隷と人民の解放などを進めたチャクリー改革の成功を治めました。この改革で、タイの近代化が大きく進んだとも言われています。

絶対王政から立憲君主制へ

しかし、絶対王政に対する不満や不安が高まり、1932年に人民党によってクーデターが勃発しました。これにより、政府は絶対王政から立憲君主制へと移行しました。

近年では、大都市を中心に公共福祉施設の急速な整備が行われ、国の高い教育水準や豊かな国土を生かして高い経済成長率を維持しており、東南アジアにおける代表的な工業国としての更なる発展を続けています。